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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

336愚鈍凡夫:2003/07/19(土) 01:39
無徳さんどうも。レス有り難うございます。

蓮祖が世間から悪口罵詈され、諸難に遭った原因は、
「建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をば焼きはらいて彼等が頚を由比ヶ浜にて切らずば、日本国必ず滅ぶべしと申し候了ぬ」(「撰時抄」 学会版P287)
と、ことあるごとに宣布したことが直接の原因だと思います。
当時、人格者と謳われた人物たちを由比ヶ浜にて斬首せよと言うのですから、当然と言えば当然でしょう。
蓮祖も十分そのことは予想していたことだと思います。
幕府の注目を引き、その理由を糾させ、公場にてこれらの高僧たちと相見えることを望んでのことだったと思います。
「立正安国論」の冒頭に記述されているような、地獄絵さながらの様相に接するにつけ、仏法の正邪を糾すことが一切衆生の眼目を開く近道であると確信されたのでしょう。
福祉活動より優先すると判断されたのだと思います。
人の命の重さや、人権に対する認識が現代とは随分違いますね。

釈迦牟尼の本意は「法華経」にある。従って、「法華経」を信じなければならない。
そして、「寿量品の教主釈尊」こそ末法相応の本尊であるというのが蓮祖の主張ではなかったですか。

「我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ、等とちかいし願、やぶるべからず」(「開目抄下」 P232)
との文証は、釈迦牟尼と同じ想い、同じ決意で法華経流布を誓われた決意の現れと拝します。

とりあえず、おやすみなさい。


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