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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

325藤波太郎:2003/07/17(木) 17:02
もう少し言葉を足します

「文証」「証拠」「根拠」ほぼ同じ意味であると私は思いますが
我々、富士の教えを信ずる者にとって、決定的打撃は
御書と相伝書とが必ずしも一致しないことです
つまり、「文証」「証拠」「根拠」が弱いということです

相伝書にあることが三大部もしくは五大部の教義に一致すれば
なんの問題もありません
しかし、実際には大きなズレがあるように思います
相伝書を中心に据えて教学を構築する時
どうしても御書を否定しなければならなくなるでしょう
日蓮本仏論はその最たる例だと思います
大聖人の御書には、「教主釈尊」よりも「行者日蓮」を上位におく思想は
よみとれますが、本仏であると断定するには富士の相伝書を
「文証」としなければならないのではないでしょうか

あるいは、日蓮正宗と日蓮宗とでは御書の読み下し方が違って
私が勘違いしているだけでしょうか

私は日蓮本仏論という素晴らしい教義を立てた先師に敬意を表します
しかし、もし文献的批判に耐えられぬ日蓮本仏論であるならば
やはり謙虚に反省しなければならないのではないかと思います


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