したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

317ジャージルーカス:2003/07/14(月) 00:50
藤波太郎さん
私は大石寺檀家のジャージと申します。
なお、法華講には加盟してません。

重須本門寺は正式には「本門寺根源」と名乗るべきであり、現時点で
「本門寺信徒」を名乗るのは、控えるべきであると、本門寺の御住職
から電話で直接確認いたしております。

と言うわけですので、ガンコさん
現在の重須は「本門寺根源」であり「本門寺」では無いのですから、
奉安形式に拘る必要は無いと思います。

>また、これは私見ですが
>「弘安二年の大御本尊」を奉安しなければ本門戒壇(本門寺)
>たりえないのであれば、もし戦争か災害で焼けちゃったらどう
>するのですか?
>これは有り得る話です
>本門戒壇って、火に焼けちゃう程度のモロい存在なのですか?
>現に、重須は明治末期、火災でほとんどの堂々を失いました
>大石寺だって、建築物である以上「不滅」ではないはずです

そんなこと当然です。本宗は物質信仰はいたしておりません。
御戒壇様に流れる法こそ尊いのです。
物質信仰は、創価学会や新参法華講の方たちで、それとて一代法華の
解釈する大石寺信仰に過ぎません。
本来の大石寺信仰で言えば以下のようになります。

問「御戒壇様が火で燃える事はあるのでしょうか。」
答「そんなこと当然である。全ての存在は成住壊空である。御戒壇様だけ
それを免れる道理が無い」
問「もし、御戒壇様が焼けたらどうすれば良いのでしょうか。」
答「時の法主(総貫首)が、再生すれば良い。そのために法主は存在するのだ。」


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板