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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
316
:
藤波太郎
:2003/07/13(日) 20:35
ガンコ様は、日蓮正宗の教えを信仰されているのですね
私は重須の信者ですから、日蓮宗の教えを信仰しております
「日興跡条々事」についてですが
周知のとおり、日蓮宗の学者による研究では日興上人の作ではないと
断定されています
もちろん、日蓮正宗の学者による反駁もなされていますが
これって、まだ決着ついてないのではないでしょうか
どのようにお考えなのか
と聞かれましたので、一応お答えしますが
やはり文献批判の発言になってしまいますよ
いわゆる「日目正統」を主張する為の偽作ではないですか、と
重須の本尊は曼荼羅本尊です
何年に図顕された御本尊か、私は覚えておりません
(本門寺の執事長さんに何度も聞いたのに、はずかしい)
「日興跡条々事」が日興上人の真意ならば、重須の本堂に
「弘安二年の大御本尊」を奉安すべきであろうとは思います
でも、文献的考察が決着ついてないのでしたら
とくに「何年」とこだわる必要もないのでは………
また、これは私見ですが
「弘安二年の大御本尊」を奉安しなければ本門戒壇(本門寺)たりえない
のであれば、もし戦争か災害で焼けちゃったらどうするのですか?
これは有り得る話です
本門戒壇って、火に焼けちゃう程度のモロい存在なのですか?
現に、重須は明治末期、火災でほとんどの堂々を失いました
大石寺だって、建築物である以上「不滅」ではないはずです
日興上人にとって、大石寺も重須も、どちらも大切な道場であったはず
そして、長きにわたりともに精進してきた歴史があるのでしょう
いま、必要なのは教団の利害を優先するのではなく、
また、互いの欠点を非難しあうことでもなく、
ともに論議を重ね、正しい道を模索することであろうと思います
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