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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
304
:
ガンコ
:2003/06/04(水) 17:46
愚鈍凡夫さん
本尊抄の理念と構図を備えた本尊とかなんとか、すぐ難しいことおっしゃるんだから。
理念=末代幼稚の為の本尊ということでしょうか? するとわたくしはどうしても御文字御本尊を思い浮かべてしまうんです。
構図=為体ということでしょうか? そうするとやっぱり大曼荼羅のおすがたを思い浮かべてしまうんです。
堂々巡りのようですが、もし本尊抄の理念と構図に仏像も適うとして、では日眼女抄の一体仏も当てはまるのかというあなた自身の疑問は完全に氷解したのでしょうか?
さて、つぎに法師品と神力品について申し上げます。
じつはわたくし、法華経を読んだことがありません。よって、法師品と神力品に何が説かれているか、つぶさには知りません。
ですが、本尊問答抄の冒頭には、法華経の題目を本尊とする根拠を法師品に求めております。
「薬王、在々処々に若しは説き若しは読み、若しは誦し若しは書き、若しは経巻所住の処には皆応に七宝の塔を起てゝ極めて高広厳飾ならしむべし。復舎利を安んずることを須ひず。所以は何。此の中には已に如来の全身有す」
神力品のほうはちょっとわかりづらいですが、
「要を以て之を言はゞ、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示顕説す」
つまり、如来の全身=如来の一切、と考えて差し支えないならば、唱法華題目抄の次の段には、
「其の上、法華経の肝心たる方便・寿量の一念三千・久遠実成の法門は妙法の二字におさまれり。・・・・・今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて、十方世界の三身円満の諸仏をあつめて、釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に、一仏一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり。故に妙法蓮華経の五字を唱ふる功徳莫大なり。」
とありますように、すべては南無妙法蓮華経の中に含まれているという意味になりましょう。
詮ずる所、寿量品に建立する所の本尊はいかなるおすがたであられるか、末代幼稚のわれわれには思慮のおよばぬことでありましょうから、御文字で拝する以外に方法はないのだと思います。
法師品神力品を、寿量品の本尊を説明あそばすための傍証と拝するならば、大聖人の御本意はほぼ御文字御本尊で間違いないのではないでしょうか?
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