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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

271みかん</b><font color=#FF0000>(z8VoUpnM)</font><b>:2003/05/26(月) 07:29
>>267 愚鈍凡夫さん

「小生が既成仏教と表現したのは、当然、台密も含めてのことです。」

その場合、既成仏教には天台顕教(天台法華宗)は入れないわけですか? そこをどう理解なさっているのでしょうか。
これは私の個人的な関心の対象ですが、日蓮は所詮天台宗の学僧出身であり、日蓮自身も天台顕教に肯定的であったにも関わらず、そこを突き抜けてしまったのは何故か、またどこが天台顕教と日蓮思想・行動を区別するところなのかということには私は興味があります。

「日蓮聖人は、上古天台と中古天台をはっきりと区別していたのではありませんか。 」

していないと思いますよ。上古天台と中古天台をハッキリと区別して、べつの体系として扱うのは現在の仏教学、文献学の立場です。日蓮は最初、当時の天台宗の学僧の一人だったわけです。彼にとって、どの文献が真跡でどの文献が仮託書であるかという区別が付いていたかどうか疑問です。多くの中古天台文献は、最澄、良源、源信に仮託されています。
また、日蓮の遺文(御書)と、中古天台の文献を読み比べてみられるとわかりますが、同じ思想体系、同じ教養の範囲内にいた者が書いていることは明白です。はっきりいってよく似ています。たとえば観心重視など。
違いは、日蓮は毘盧舎那仏・阿弥陀仏を立てないこと。日蓮は一心三観を言わずに一念三千を強調すること、などでしょう。

中古天台=台密ではありません。中古天台は、天台顕教・密教・浄土信仰が一体の者となった体系であり、華厳の影響も強く見えます。

日蓮はそれから、密教・浄土信仰の影響をぬぐい去ろうとし、表面上は成功しますが、実際は影響を免れていません。


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