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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

268川蝉:2003/05/25(日) 11:12
266 名前: みかん(z8VoUpnM)さんへ。

「而るを天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり」(開目抄下・ 学会版215頁)
は、諸宗は寿量品の釈尊が根本の教主であることをわきまえていない。諸宗にくらべ天台では、寿量品の釈尊が根本教主で有ることを把握しているから、本尊に惑えていない、と云う意味ですね。
215頁10行目に、妙楽大師の「寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷へる才能ある畜生」との主張を提示してあることよりわかります。
ここに云う天台宗とは、天台大師・妙楽大師の正系思想を受け継ぐところの天台宗(思想)と云う概念だと思います。

「顕仏未来記」に三国四師と云うことが説かれているように、真実の法華宗を弘通すると云う意識があった事はたしかでしょう。
故に「日蓮は自分が天台宗の正統派であるという意識」はあったと思います。
また
「華厳経、乃至諸大乗経、大日経等の諸尊の種子皆一念三千なり。天台智者大師一人此法門を得給えり。」(開目抄215頁)
とあるように、内鑑的には天台大師も日蓮と同じく一念三千の法門を把握していたと云うお考えもあります。

しかし、「建長五年四月二十八日の段階では天台宗とは違う立場に立ったという意識はなかったかも知れない」かと云うと、

「日蓮が法門は第三の法門也。世間粗夢の如し。一二をば申ども第三をば申さず候。第三の法門は天台、妙楽、伝教も粗之を示せども未だ事了へず。所詮末法の今に譲り与へし也。」(常忍抄・981頁)とも、また、
「但漢土の天台、日本の伝教、此二人計こそ粗分給て候へども本門と迹門との大事に円戒いまだ分明ならず。詮する処は天台と伝教とは内には鑒み給といへども、一には時来らず二には機なし三には譲られ給はざる故也。今末法に入ぬ、地踊(涌)出現して弘通有べき事なり。」(治病大小権実違目・996頁)
とあるように、天台大師(天台宗)や伝教大師とが、闡明には説かなかった本門立脚の法門を弘通するのだという明確な自覚があったことでしょう。
255番に
「真実の法華宗・所属の本門(特に、上行菩薩が弘通するとされている妙法蓮華経の五字の弘通)を広めようとの意識のもとに弘通を始めたのでしょうね。 」
とコメントしたゆえんです


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