[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
256
:
ガンコ
:2003/05/22(木) 17:12
川蝉さん、みかんさん。
「去年の十一月より勘へたる開目抄と申す文二巻造りたり。頸切らるゝならば日蓮が不思議とゞめんと思ひて勘へたり。此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし。譬へば宅に柱なければたもたず。人に魂なければ死人なり。日蓮は日本の人の魂なり。平左衛門既に日本の柱をたをしぬ。只今世乱れて、それともなくゆめの如くに妄語出来して、此の御一門どしうちして、後には他国よりせめらるべし。例せば立正安国論に委しきが如し。」(種々御振舞御書)
「謗法の世をば守護神すてて去り、諸天まぼるべからず。かるがゆへに正法を行ずるものにしるしなし。還って大難に値ふべし。金光明経に云はく「善業を修する者は、日々に衰減す」等云々。悪国悪時これなり。具には、立正安国論にかんがへたるがごとし。」(開目抄)
立正安国論に始まり立正安国論に終わると申しますが、大聖人の仰せというものは決して後思案ではありません。
「蒙古のせめも又かくのごとくなるべし。設ひ五天のつわものをあつめて、鉄囲山を城とせりともかなうべからず。必ず日本国の一切衆生兵難に値ふべし。」
「いまにしもみよ。大蒙古国数万艘の兵船をうかべて日本国をせめば、上一人より下万民にいたるまで一切の仏寺・一切の神寺をばなげすてゝ、各々声をつるべて南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と唱へ、掌を合はせてたすけ給へ日蓮の御房、日蓮の御房とさけび候はんずるにや。」
「若し日蓮法華経の行者ならば忽ちに国にしるしを見せ給へ。若ししからずば今の日月等は釈迦・多宝・十方の仏をたぶらかし奉る大妄語の人なり。提婆が虚誑罪、倶伽利が大妄語にも百千万億倍すぎさせ給へる大妄語の天なりと声をあげて申せしかば、忽ちに出来せる自界叛逆難なり。」
これら撰時抄の仰せは事が起こってからの仰せでありますが、決して後知恵の如きものでないことは、次の御文に明らかです。
「外典に云はく、未萌をしるを聖人という。内典に云はく、三世を知るを聖人という。余に三度のかうみゃうあり。一つには去にし文応元年太歳庚申七月十六日に立正安国論を最明寺殿に奏し・・・」
その立正安国論に云はく、
「薬師経の七難の内、五難忽ちに起こり二難猶残れり。所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり。・・・先難是明らかなり、後災何ぞ疑はん。若し残る所の難悪法の科に依って並び起こり競ひ来たらば其の時何がせんや。」
まさしく立正安国論の御精神こそ大聖人の御一代を貫く大綱であります。ゆえに聖人御難事においても終始一貫、次の仰せを拝します。
「始めはしるしなきやうなれども、今二十七年が間、法華経守護の梵釈・日月・四天等さのみ守護せずば、仏前の御誓ひむなしくて、無間大城に堕つべしとをそろしく想ふ間、今は各々はげむらむ。・・・日本国の大疫病と大けかちとどしうちと他国よりせめらるゝは総ばちなり。」
かかる大聖人御自ら、
「去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に、・・・この法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年太歳己卯なり。」
と仰せあそばす。
よって、宗旨御建立の御自覚にあらせられたものと拝してよろしかろうと思いますが、いかがでしょうか?
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板