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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

242ガンコ:2003/05/19(月) 17:59

福田里敏さん、ご丁寧にどうもです。

佐前・佐後ということは当然あると思うんですが、そして守護国家論と撰時抄では相当に年月の隔たりがあるからそうとも言えるでしょうが、しかし開目抄と撰時抄では数年しか離れていませんから、前判・後判というにしてもまさか開目抄を落とすわけにもいきませんでしょうから、そういうわけであのような考えになったのです。
われわれみたいな凡夫はコロコロ変わるものですが、大聖人はそうではないと思います。立宗の時に、すでに相当のところまで御法門を詰めて居られたと思います。それを段階的に御化導あそばした、その段階の顕著な部分を佐前・佐後と分けるのでしょうけど、これはまた立場によってかなり違いがあるということなのでしょうね。


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