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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

19独歩:2002/04/25(木) 22:10

顕正居士さん:

レス、有り難うございます。

> 最初発心は釈尊が菩提心をはじめて発された、久遠の元初であります。上行菩薩は
> この時の第一番の弟子であると云えます。

いったい、如何なることから、このようなことが言えるのでしょうか。
法華経にこの根拠を求められるのでしょうか。
顕正居士さんに言えば、まさに釈迦に説法のようなものですが、言うまでもなく玄義には「修多羅合者。録而用之。無文無義不可信受」とあります。そもそも法華経に記されない久遠元初をもっての解釈は、私には納得できるところではないのです。

> 他仏も得脱の縁にはなるが、まさしくは必ず一仏にしたがって得脱するのは天台、
> 日蓮両宗に基本の教義

しかし、先に「最初発心は釈尊が菩提心をはじめて発された」という以上は、この時点では釈尊は因行の菩薩となりませんか。菩薩に縁して初発心とする修多羅も明証をお聞きしたいのです。

また、私が、「常住此説法 我常住於此」と食い違うと言ったのは、この寿量品に未来永劫の仏・説法を記すのに、何故、「末法は新たな久遠発心の時」としなければならないかと思ったからです。

> 「一心欲見佛 不自惜身命 時我及衆僧 倶出靈鷲山」はインドの或る山のことに
> 限られないでしょう。

もちろん、このようには考えてはおりません。


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