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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
176
:
川蝉
:2003/05/12(月) 11:47
ガンコさんへ。
>中央釈尊に多宝仏をはじめとして三世十方のあらゆる仏が摂せら
>れるということになりましょう。しかしながら、ここに妙法五字
>が含まれるのはなにゆえでありましょうか?
妙法は釈尊の証悟の実質ですし、釈尊の所説です。能証・能説の釈尊に接することが出来ましょう。
>一尊四士の中央釈尊に妙法五字を接するのではなく、釈尊と妙法
>は一体である、いわゆる人法体一ということになりはしないでし
>ょうか?
妙法五字は釈尊の証悟の内容であり教法です。釈尊をその内証・教法で表せば妙法五字といえますね。
>塔中の妙法蓮華経=本門の教主釈尊と読めますがいかがでしょう
>か?
「一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦、多宝、(塔)外の諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし」
観心本尊に「その本尊の為体・・」と霊山虚空会の光景をもって釈尊(の身土・証悟の世界)を表してるのと同じに、「所謂宝塔の内の・・」は、大曼荼羅の構成を略して書き上げていると解釈し、「本門の教主釈尊を本尊とすべし。それは大曼荼羅で表すのである」との意味に受け取る事が妥当だと思います。
真蹟は有りませんが「報恩抄送状」に
「御本尊図してまいらせ候」(学会版・330頁)
とあるように、報恩抄と大曼荼羅本尊を一緒に送り届けてもいる事からも、「本門の教主釈尊を本尊とすべし。それは大曼荼羅で表すのである」と解釈するのが妥当だと思うのです。
「宝塔の内の釈迦、多宝、(塔)外の諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし」
とあるので、釈迦、多宝、(塔)外の諸仏と四菩薩がともに脇士となると解釈する人もおりますが、その場合には、釈迦、多宝は能説仏と能証仏で、釈迦、多宝・諸仏の三仏は、共に妙法の脇士であり、上行等の四菩薩は、三仏の中の能説の教主釈尊の脇士であることになりますね。、
ちなみに、録内啓蒙には、この文の解釈に古来、四種あると、四種の解釈を紹介していますが長くなるので紹介は省きます。
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