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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

171川蝉:2003/05/11(日) 09:59
160 : 通りすがり さん今日は。

>大聖人は本門の本尊=久遠釈尊(仏界)を中心に十界を構成して
>見せたのが日蓮曼荼羅であったのではないでしょうか。・・
>御曼荼羅(+御影)でよしとする人々には、本尊と曼荼羅が同じ
>ように扱うのはいいでしょうが、仏像を重んじる側からすれば、
>そんな議論は乱暴に感じます。

観心本尊抄の「今本時の娑婆世界・・」いわゆる四十五字法体段は久遠釈尊の証悟の世界、すなわち釈尊の身土、釈尊の一念三千を述べている箇所と解釈されています。
そして霊山虚空会の世界が、久遠釈尊の証悟の世界、釈尊の身土の具体相であるので、法華経八品説法の虚空会の世界をもって久遠釈尊を表さんと意思表示しているのが「其の本尊の為体・・」と大曼荼羅の構図を語っている所以だと思います。

「其の本尊の為体・・文殊弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し」
とあるように、虚空会の諸菩薩、諸天等は、久遠釈尊の弟子として釈尊のの手足となって仏行を行う者に成っていますので、四菩薩に接せられます。
そこで、一尊四士の、中央釈尊に妙法五字や多宝仏、諸仏を接し、諸菩薩等の他の諸尊を四菩薩に接して表したのが一尊四士像本尊と思います。
大曼荼羅も一尊四士像も本尊であると云うことになります。


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