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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
135
:
問答迷人
:2003/05/07(水) 19:51
ガンコさん
三大秘法抄の件、了解です。
>「然りと雖も詮ずる所は一念三千の仏種に非ざれば有情の成仏木画二像の本尊は有名無実なり。」(本尊抄)
「一念三千の仏種に非ざれば」とは、この文の少し手前に「新訳の訳者等漢土に来入するの日、天台の一念三千の法門を見聞して、或は自らの所持の経々に添加し、或は天竺より受持するの由之を称す。」とある通り、後世の訳者が天台の一念三千の法門を盗み入れて訳した様な経典の一念三千ではなく、本来の、法華経の一念三千でなければ、という意味ですね。
日蓮聖人の文字曼陀羅には、法華経の題目たる妙法蓮華経の五字が認められていますから、一念三千の仏種だと言えますね。ですから、それが諸仏能生の根源ということでよろしいと思います。ただ、それがどうかしましたか。記号の意味は全然理解できませんが。
>木画二像のいずれかにあてはまるものではない、むしろ一念三千の仏種に相当するのではないか?
本来、曼陀羅が絵像で有ることは、真言の曼陀羅を見れば判ることですね。尊形を梵字で表す曼陀羅は、顕正居士さんがご紹介下さったとおりで、実際に真言に有るわけです。日蓮聖人は梵字を漢字に置き換えられた点が独創的で有るわけですが、曼陀羅で
有ることにはなにも変わらないと思いますが、如何でしょうか。
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