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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
134
:
愚鈍凡夫
:2003/05/07(水) 19:26
問答迷人さん、始めまして。
知らぬ間に、すごい論戦になってますね(種蒔いたんはお前じゃって言われそうですが)。
絹本着色法華経絵曼陀羅図
http://www.hokkeshu.com/kakujiin/toukai/600.htm
ここのページに絵曼陀羅の写真があります。
他に、「蒙古退治旗曼陀羅図」というのがあるのではないでしょうか(本の写真で見ました。イラストかも知れません)。
こういった形は日蓮聖人のお考えにはなかったと思われますか。
川蝉さんに御教示頂く際に引用しました、「四条金吾釈迦仏供養事」の文証が気にかかるのです。話が前後しますが、今は本尊の優劣を問題にしているのではありません。
もし、日蓮聖人に絵曼陀羅(画像)のお考えがなかったとしたら、この文証はどのように理解すべきでしょうか。
「草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり」
可能性として「本門の本尊」の表現法に画像、仏像、曼陀羅の3通りあるように思えるのです。解釈が間違っているでしょうか。
曼陀羅の件、
「このまんだら(曼陀羅)を身にたもちぬれば王を武士のまほるがごとく子ををやのあいするがごとくいをの水をたのむがごとく草木のあめをねがうごとくとりの木をたのむがごとく一切の仏神等のあつまりまほり昼夜にかげのごとくまほらせ給う法にて候、よくよく御信用あるべし」(「妙心尼御前御返事」御書全集 P1477)
昭和定本では2巻に同じ名前で、内容が違う遺文がありますが、御書全集では大石寺に写本があるようです。偽書の可能性はかなり高いのでしょうか。
話を戻すようで済みません。
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