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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

131川蝉:2003/05/07(水) 16:20
127 問答迷人 さんへ。

>ここに、「本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字」
>として、一尊四士の義が明確であると思います。如何お考えにな
>られますでしょうか。

「本門の本尊と四菩薩」については、
本尊抄の
「釈尊の脇士上行等の四菩薩」
「本門寿量品の本尊竝びに四大菩薩をば三国の王臣倶に未だ之を崇重せず」との文。
報恩抄の
「本門の教主釈尊を本尊乃至竝びに上行等の四菩薩脇士となるべし」
との文に例して、四菩薩は上の本尊に付して読むべきで、啓蒙にも「本尊の中に四菩薩あれども惣別竝挙したもう意なるべきか」(啓蒙27の22左)とあるように、「四菩薩を脇士とする本尊」と解釈すべきである。
と一般的に解釈されています。

問答迷人さんの云われるとおり「一尊四士の義が明確である」ですね。

128 : 豊穣 さんが
>引かれる文章をそのまま像にすれば、背後に文字としての五字
>(一塔か、首題)、場所としての戒壇も併せ作らなければないの
>であって、一尊四士とは違うものになりませんか。

とコメントしていますが、
法華行者値難事の、この文では、本尊が一尊四士で、それを奉安する所が戒壇で(もちろん理・事の戒壇の別は有ります)、妙行が南無妙法蓮華経の五字と云う配当になっている文意が理解できないようですね。


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