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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
117
:
愚鈍凡夫
:2003/05/06(火) 18:58
道を歩いていて、いきなり地雷を踏んだような気持ちですが。
「本門の本尊」に関する川蝉さんへの質問は、画像・木像造立について書かれた真蹟遺文が存在するので、画像・木像・曼荼羅の整合性はどうなるのかと思って質問させていただきました。小生が例に出した遺文の共通点は木像造立なので、概ね、川蝉さんが指摘されている通りです。
四条家に関する資料を持っていないので、どのように安置していたのか分かりません。
ガンコさんの説のように、1276(建治2)年の釈迦像と1279(弘安2)年の釈迦像とは当然、安置場所が違うと思います。年数からいって作り替えたとは思えませんので。
大曼陀羅を授与されたのは、確か日眼女が厄よけの御守本尊を授与された1279(弘安2)年ではなかったでしょうか。
よく考えてみれば人本尊と法本尊の合祀は軽率な発言でした済みません。
ただ、Gohonzon Galleriesで富士山久遠常在院本門寺の万年救護本尊レプリカの前に日蓮聖人像(写真の解説では日蓮大聖人像)を安置している写真を見ました(万年救護本尊のページにあります)。
話を戻すと、大曼荼羅を安置したからといって、今まで拝んでいた木像を粗末に扱うわけはないでしょうし・・・・・、
四条家に別荘があったかどうか知りませんが、もし別荘に安置していたとしたら給仕の問題が気になります(使用人も信徒だったとすれば別ですが)。
この辺の問題になると、何処まで行っても仮定の問題になってしまいますね・・・・・。
要は、四条家の方々が御本尊をどう捉えていたかですが。
ただ一つ四条家の方々は、釈尊像も、大曼荼羅も、共に「本門の本尊」と拝していたことは確かなようですね。
やはり、画像・木像・曼荼羅の間に矛盾はないのかも知れません。
ガンコさんが見たものとは違うかも知れませんが、身延山久遠寺の大本堂内陣須弥壇の写真を見たことがあります(端までは写っていませんが)。全体の座配が宝塔曼荼羅と同じですね。
曼荼羅と一塔両尊四士像が共に「本門の本尊」とすれば、確かに矛盾はないですね。
これが文京区駒込長元寺所蔵、日眼女授与の御守本尊です。
http://www.lbis.jp/gohonzon/072.htm
逆に、ガンコさんに問います。
「木絵二像開眼之事・1264(文永元)年」、「観心本尊抄・1273(文永10)年」、「四条金吾釈迦仏供養事・1276(建治2)」、「日眼女造立釈迦仏供養事・1279(弘安2)年」
と、画像・木像に言及している真蹟遺文がありますが、ガンコさんの信奉する「戒壇之本尊」との整合性をどう考えますか。
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