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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
101
:
川蝉
:2003/05/04(日) 15:08
愚鈍凡夫 さん、早速読んで頂き有り難うございます。
>ということで、意味が違うと言うことですか。
《 愚鈍凡夫 さんが91で、「御自身は立宗宣言以来27年間、大難の中に身を置いてきたとの仰せだと思います」と解釈されているとおりと思います。》
とコメントしているように、意味が違っているとコメントしたわけではありません。
正宗のように本懐は何時かについての文証に「聖人値難事」を用いるので、それにそって、「聖人値難事」の文を解釈すればと云う観点から書いたのです。
「仏は四十余年」の意味は、、「釈尊が四十余年の間諸経を説いた後に、出世の本懐である法華経を説いたが、それまでの間、九横の大難にあわれた」との意味であろうと、私は解釈しています。
>それとも御筆の曼陀羅全てを「本門の本尊」とするということです
>か。
そうです。
>これらの文証との整合性はどうなるのでしょうか。
木像形式で、本門の教主釈尊を表したのが一尊四士像と理解していますので、曼荼羅本尊と一尊四士像と矛盾するものでないと理解しています。
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