したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

池田教ってどんな宗教?

77愚鈍凡夫:2003/10/25(土) 11:12

創価学会の犯罪に関する情報はインターネット上に溢れているので、半日もネットサーフィンをすれば、いっぱしの学会通になれるのではないだろうか。
そこで、犯罪とは違う視点から見てみようと思う。

その教義について、表向きは日蓮大聖人直結などと言っているが、実際は日蓮仏法ではない。むしろ、創価仏法と呼称すべきものであり、「池田直結」が本音である。
教義上の逸脱は日達師の頃から再三指摘されてきたが、「会長本仏論」は水面下に深く潜行しただけで、今も本質は変わっていない。
また、牧口・戸田・池田の三代会長を永遠の指導者としているが、これは、四代以降は組織上の責任者に過ぎないと言うことであろう。雇われ社長と何ら変わらない。最も気の毒なのは、生涯、池田さんを守り抜いて死んでいった北条浩さんであろう。葬式の場で、笑えぬブラック・ジョークを披露されたのだから。
宗教的カリスマを信奉するのはカルト宗教の特徴の一つであるが、創価学会はまさにこれに当てはまる。それは、蓮祖の言葉より池田さんの言葉のほうがはるかに影響力を持っているからだ。論より証拠ということであれば、創価学会がカルトであり、邪教である事は、延べ1000万人が脱会した事実が如実に物語っているのではないか。

財務について前レスを補足すれば、大客殿建立の御供養で経済的に圧迫されていた学会員に、追い打ちをかけるように正本堂建立の御供養を強要した(本門戒壇建立は2度とないことで、未曾有の功徳があると宣揚していた)。全財産を抛って、そののち路頭に迷った人たちは少なくない。学会相手の御供養金返還訴訟がそれを物語っているだろう。結局「正本堂」は、池田さんの虚栄心を満たし、「会長本仏論」完成のための道具に過ぎなかったのではないだろうか。振り返ってみれば、時期的に「正本堂」が必要であったとは思えない。
その後、創価学会は経済的に疲弊した学会員に何の救済措置も執らなかった。それどころか、「正本堂」の御供養で味を占めた首脳陣は、それ以降、財務の裾を広げていったのである。
おかげで、今や信濃町の学会村は、「宗教貴族」の溜まり場のようなものである。
一方、学会員といえば、不幸になればなったで魔の通力であると叱責され、幸福になればなったで功徳であると持ち上げられ、役職に応じた活動と、財務が暗に要求されるのである。
要するに、学会員の幸不幸について創価学会には何の責任もないのである。どっちに転んでも損はしないシステムになっている。
こういった宗教の特異性を利用した宗教ビジネスが跡を絶たないのは、創価学会の成功がモデルケースとなっているのではないだろうか。
社会的に影響力のある教団だけに、これからも監視の目を怠ってはいけないだろう。
さもなくば、
「世間がアッと言った時にはもう遅い」ということになりかねない。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板