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池田教ってどんな宗教?
75
:
愚鈍凡夫
:2003/10/25(土) 00:50
名誉会長の池田さんに思う
創価学会は広布基金の時期になると、学会員に功徳を宣揚することで現世利益を強調する。
そして、幹部同士のライバル意識をかき立て、広布基金の積み上げをさせることも忘れない。
昭和36年7月に大客殿御供養金(約32億円)を集めた後、池田大作氏は「創価学会としては永久に皆さん方から、ただの一銭も寄付を願ったり、供養を願うようなことはいたしません」(1962(昭和37)6月16日 聖教新聞)と語っていたのだが、昭和40年10月には正本堂御供養金(約355億円)を集めた。
それ以降、財務の裾野を拡大し、金銭の吸い上げは激しさを増している。
世界広布には金がかかると彼らはいう。
学会施設作りだけではない、著名人と逢い、名誉勲章を貰うにも、莫大な金がかかるのであろうが、それらは、企業で言えば宣伝費のようなものである。馬鹿を見るのは一般の純粋な会員だけだ。
彼らは、マインドコントロールが解けない限り、そのことには気づかないだろう。
生きてる限り、功徳を餌に創価学会に搾取され続けるのである。
また、池田大作氏の不可解さは、やらないと言ったことを実行する事である。
先の財務の件もそうだが、衆議院には議員を送らないと言っていたのに、昭和42年1月の総選挙には25名の当選者を出したりしているし、何度も宗門に忠誠を尽くすことを宣言したりしているが、悉く反故にしている(当然、日達師の頃からである)。
不可解ついでに、有名な池田さんの講演を引用してみたいと思う。
非常に奇妙な内容なのだ。
「(広宣流布の暁に大石寺の不開門を開くのは誰かということについて)天皇という意味もありますが、再往は時の最高権力者であるとされています。すなわち、公明党がどんなに発展しようが、創価学会がどんなに発展しようが、時の法華講総講頭であり、創価学会の会長がその先頭になることだけは仏法の方程式として言っておきます。後々のために言っておかないと、狂いが生ずるから言うのです。私は謙虚な人間です。礼儀正しい人間です。同志を、先輩をたてきっていける人間です。そのため、かえってわからなくなってしまうことを心配するのです。そうなれば、こんどは皆さん方が不幸です。学会も不幸です。本山にも不祥事をしてしまう。その意味において、きょうは、言いたくないことでありますが、将来の、将来のために、私は言っておきます。私が、御法主上人猊下様、大聖人様に、不開門を開いて、このように広宣流布いたしましたと、猊下をお通し申して、一閻浮提総与の大御本尊様に御報告することが、究極の、広宣流布の暁の、その意義なのであります。」(昭和40年7月度本部幹部会)
池田さん(当時は第3代会長)こそが『時の最高権力者』であると自ら宣言し、自分が不開門を開くのは仏法の方程式だというのである(そんな仏法哲理は聞いたことがない。どの経典に載っているのか教えて貰いたいものだ。それとも、創価学会だけに伝わる秘伝法門なのか?)。
そして、そのことを知らない皆さん方(学会員)が不幸なので言っておくとのことである(俺はこんなに偉いんだ。だからお前たちは、俺を崇拝しろという意味か?)。
権威者ならまだしも、最高権力者なのである(独裁者という意味か?)。
そう言いながら、「私は謙虚な人間です。礼儀正しい人間です。同志を、先輩をたてきっていける人間です」と、謙虚で礼儀正しいことを自慢しているのである。
普通、自画自賛しない人のことを「謙虚な人」、「礼儀正しい人」と言うのではないだろうか。
「千年のかるかやも一時に灰となる百年の功も一言にやぶれ候は法のことわりなり」(「兵衛志殿御返事」 学会版P1091)。
とある事を忘れてはなるまい。
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