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池田教ってどんな宗教?
131
:
Leo
:2003/10/30(木) 00:23
犀角独歩さん、こんばんは。レスありがとうございます。
>図示のそのような性格から考えるとき、一舗一舗の漫荼羅は授与者のためのオリジナル創作であって、その授与者のため
>のものであることがわかります。漫荼羅のこのような側面を考えるとき、授与者が明記された漫荼羅を他者が我がものの
>如き扱うのはほとんど意味をなさないことになりませんか。ただ、その授与者が没し相続される場合、新たにその意味を
>籠めようとしたのが興師の添書であったと拝察されます。たぶん、この段階では蓮祖が弟子と定めた師弟の次第から
>蓮祖没後継承された教導権を、次代の師と認める授与者の相続者がそれを受け容れる形で継承されることになるのでしょう。
学会配布の漫荼羅のオリジナルは寛師漫荼羅であり浄圓寺の日證師が授与者とのことですね。
学会では蓮祖の漫荼羅の如く扱われますが(他に本尊にまつわる学会的因習・伝説のようなものも多々あります、
それは指導的方便なのかもしれないですが...)、学会に未だ籍を残す私としても、ご指摘を受け、学会配布の漫荼羅は、
あくまで寛師漫荼羅であること、もともと日證師のための相貌、継承者は浄圓寺であったことを念頭におく必要が
あると思った次第です
>しかし、700年前の上述の如き心的交流を拝することは、既に現在にあっては御存生の昔に思いを馳せ、聖筆をただ仰ぎ
>見るばかりです。かつて筆をふるった聖人の息遣いとそのご心情、それを受け取った弟子・檀那の喜び、そして、相貌の
>差異に見られるその意味に深い思いを注ぎたくなります。
「かつて筆をふるった聖人の息遣いとそのご心情」「それを受け取った弟子・檀那の喜び」
「相貌の差異に見られるその意味に深い思い」私も思いを馳せます...
>また、創価学会が寛師書写漫荼羅か授与者名を消し去って印刷頒布するやり方は、そもそも寛師の意図を蔑ろにするもの
>であるとわたしには思えます。また、元来、その相貌を書き分けるのが守本尊ですが、守にあらざる漫荼羅を縮小して
>携帯にしてあたかも守本尊に扱うのは無知以外の何ものでもないまことに横暴な所行であると思うわけです。
ご指摘はもっともだと思いました。
>まして、その縮小印刷物の横に写真を入れられるようにするなど、その意図するところは嫌悪を懐かざるを得ません。
>いずれにしてもそれらの配布はラミネート印刷であれば3000円、携帯アクセサリーでは5000円以上となっているとの
>ことですから、これはただの商売というしかありません。
私は学会では本尊を買うという意識はないと申しましたが、本尊授与の時納付金を納めますので、購入とみなされても
否定できないと思います。私は携帯本尊は興味なく注意しておらず携帯本尊が頻繁に配布されるようになった時期以前に
組織活動を離れましたので、携帯本尊が仏具店に売っているのかも、いくらで配布(購入)されるか知らない状況です。
話が少しずれますが、近年は本尊授与の際寺院での「御受戒」は出来なく、「入会勤行会」となっています。
>なお、他派寺院売店で販売されている印刷漫荼羅本尊について、少し触れます。
>他派の信者方は、これら印刷漫荼羅を、購入した場合、ただそれを仏壇に安置しません。ご自身の檀那寺に持参し、
>師僧と仰ぐ教師住職に、裏書をしてもらい開眼とするとのことでした。私はこの有様には一定の襟度を受け取ります。
他派ではそのようにされているのですか。学会では数年前の(名誉会長でなく)会長指導で、本尊は自分で題目を
あげて開眼しなさいとなっていました(数年前の大白蓮華の巻頭言でもそのように記されていたと記憶しています)。
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