したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

(続) 大石寺の歴史

76独歩:2002/05/04(土) 08:42

70〜75 志楽さん:

整理されたご指摘、なかなか読み応えがありました。

> 「三四会合抄」を天下に公表することが良心的

まったく同感です。

> 南面にして説法されたとありますが、なぜ正面ではなかつたのでしょうか

日本では古来から“天子南面”であるからではないでしょうか。いわゆる南面が正面ということになると私は考えていました。。平安京などもそのようになっています。

http://www.kyoto.isp.ntt-west.co.jp/wnn/rekishi/shijin/heian.html

石山も曼荼羅の安置は五重宝塔を除いてすべて南面になっているのは、その建造が風水の四神相応を意識し、なにより聖人の南面説法を意識したからでしょう。
当然、御影像(日蓮)は永遠に南面し続けることになっているわけでしょうね。

> 批正していただければと思います。まちがいがあればすみやかに訂正

このような姿勢がどんどん境地を高めるものであると思います。自らの考えを道理・証文によって改めてどんどん前へ上へと進んでいく、気持ちのよい学的な姿勢であると敬服します。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板