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(続) 大石寺の歴史
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:
問答迷人
:2002/04/11(木) 08:21
立宗宣言について
日蓮正宗では、三月二十八日に立宗法要を実施とし、四月二十八日にも、もう一度法要を実施するそうです。このことに関連して、日道上人の御伝土代の記述について皆さんの御意見をお伺いしたいと存じます。
御伝土代 『八十八代一院の御宇・建長五年みつのとのうし三月二十八日・清澄寺道善房持仏堂の南面にして浄円房並に大衆等少々会合なして念仏無間地獄 南無妙法蓮華経と唱ひ始給ひ畢ぬ、然る間其日清澄寺を擯出せられ給ひ畢、』(富士宗学要集第五巻1頁)
と、立宗宣言が三月二十八日に行われたと書かれています。所が、真蹟御書を拝しますと、以下の通りです。
清澄寺大衆中 『建長五年四月二十八日、安房国(あわのくに)東条郷(とうじょうのごう)清澄寺(せいちょうじ)道善(どうぜん)の房の持仏堂の南面にして、浄円房と申す者並びに少々の大衆にこれを申しはじめて、其の後二十余年が間退転なく申す。』(平成版御書946頁)
聖人御難事 『去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に、安房国長狭郡(ながさのこおり)の内、東条の郷、今は郡なり。天照太神の御(み)くりや(厨)、右大将家の立て始め給ひし日本第二のみくりや(御厨)、今は日本第一なり。此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午(うま)の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年太歳己卯なり。』(同1396頁)
この違いは、どう考えれば良いのでしょうか。単なる、日道上人の記憶まちがいの様に思えるのですが、如何でしょう。御存知の方、御教示をお願い致します。
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