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(続) 大石寺の歴史

58川蝉:2002/04/15(月) 11:35
57 独歩 さんへ。

独歩 さん今日は。

>真蹟中、聖人が「三徳」を使われるのは、この下山抄のみです
>ね。
>私は、ここを「一身に法身・般若・解脱の三徳を備へ給へる仏」
>であると言ってきました。

「下山御消息」の
「釈尊は我等がためには賢父たる上、明師なり聖主なり。一身に三徳を備へ給へる仏」
の文に有る「三徳」とは、主師親の三徳ですね。前後の文から考えても、主師親の三徳を指していますね。先学もそのように解釈しています。

真蹟在の「南条兵衛七郎殿御書」(文永元年・学会版1494頁)に
「法華経の第二に云「今此三界皆是我有其中衆生悉是吾子而今此処多諸患難唯我一人能為救護雖復教詔而不信受」等云云。此文の心は釈迦如来は我等衆生には親也、師也、主也。我等衆生のためには阿弥陀仏、薬師仏等は主にてはましませども、親と師とにはましまさず。ひとり三徳をかねて恩ふかき仏は釈迦一仏にかぎりたてまつる。親も親にこそよれ、釈尊ほどの親。師も師にこそよれ、主も主にこそよれ、釈尊ほどの師主はありがたくこそはべれ」

真蹟在の「法門可被申様之事」(文永六年・1266頁)に
「仏は閻浮第一の賢王、聖師、賢父なり。されば四十余年の経経につきて法華経へうつらず、又うつれる人人も彼経経をすてゝうつらざるは三徳備たる親父の仰を用ざる人、天地の中に住べき者にはあらず」

真蹟在の「八宗違目抄」(文永九年・155頁)に
の始め部分に「法華経第二に云はく」の図表に、三徳の言葉は使ってないですが、釈尊は「主国王世尊・親父・導師なり」と記しています。

>聖人が代筆をしたものです。つまり、署名が日永であれば、“余
>”とは日永を指すことにならないでしょうか。
>(もっとも文脈からは、余は聖人を指すとしか思えませんが)

「下山御消息」は、冒頭に、日永師が「御庵室の後ろに隠れ、宗祖の説法を聞いた」と述べ、後の部分はずっと、宗祖の説法の内容を語っている構成になっています。ですから“余”とは、宗祖がご自分の指して云っている言葉です。

>後では三徳と記さず「三の故」となっています。

「三の故があるから主師親の三徳を具えている」という意を含んだ文章と見るべきですね。

「一谷入道御書」(真蹟・1330頁)に
「日蓮は愚なれども釈迦仏の御使、法華経の行者也・・・日蓮は日本国の人人の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし。是を背かん事よ。」の文が左証となりましょう。

>また、この書はかの有名な一節「教主釈尊より大事なる行者」と
>も記されるのであって、なかなか微妙なないようをはらんでいよ
>うとは思います。

そうですね。「教主釈尊より大事なる行者」は、日蓮本仏論者が、その証として、よく挙げる文ですね。

「此等の経文のごときは日蓮この国になくば仏は大妄語の人・阿鼻地獄はいかで脱給うべき」(報恩抄312)
の文や
「日蓮末法に出ずば仏は大妄語の人、多宝、十方の諸仏は大虚妄の証明なり。仏滅後二千二百二十余年が間、一閻浮提の内に仏の御言を助たる人但日蓮一人なり。」(聖人御難事1190)

とありますね。これらの文は、日蓮聖人が出現しなければ、法華経の未来記が実証されません。
日蓮聖人の出現によって、法華経の教説の真実性や釈尊の予言の真実性、また日蓮聖人と云う使いを遣わした本仏釈尊の実在が証明されるわけです。
言い換えれば、釈尊が根本救済主である事を証明したのが日蓮聖人で有ると云う事ですね。
この観点よりすれば「教主釈尊より大事なる行者」と云うことですね。
こうした意味で「教主釈尊より大事なる行者」と書かれた文と見るべきですね。
「下山御消息」に「教主釈尊より大事なる行者」とあっても、「下山御消息」全体を読めば、日蓮本仏論や釈迦より日蓮聖人の方が偉いと云う思想などありませんね。

>さらに興師選定の十大部に一書に数えられますが、この十大部が
>本当に興師の選定か否か、川蝉さんはどのようのご見解をお持ち
>でしょうか。

日蓮宗では普通「五大部」という事は云いますが、十大部と云うことは云わないようです。興師選定の十大部が興師の選定になるかどうか知りません。

まずは以上まで。


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