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(続) 大石寺の歴史

52とんちきちゃん:2002/04/14(日) 16:47
日蓮本仏論について
末法の主師親の辺から論証するべきと思います。
御書に下記の様な御文があります。
夫れ一切衆生の尊敬すべき者三つあり。 所謂主・師・親これなり。・・・日蓮は日本国の諸人にしうし父母也
日蓮は日本国の人の為には賢父也、聖親也、導師也
日蓮は日本国の人々の父母ぞかし、主君ぞかし、明師ぞかし
日蓮は、当帝の父母、念仏者・禅衆・真言師等が師範なり、又主君なり
大聖人を上行菩薩の再誕と見る限り、いかに時機に約した日蓮本仏論がやっとだと思います。
しかし大聖人が末法の主師親であるならば、末法の仏と言う事が可能だと思われる。
一尊四士は、御書の四菩薩造立抄の影響が大なるものだと思います。
富木日常の仏像に対する執着からの機情の見だと思われます。
現在も中山に一尊四士が現存するのが微笑ましかったのです。
しかし、曼荼羅本尊が開山上人よって多数書写され、御筆止め御本尊を拝したときに曼荼羅正意だと思いました。
開山上人が造立した一尊四士が現存するのでしょうか?


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