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(続) 大石寺の歴史
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:
独歩
:2002/04/14(日) 12:06
この問題はかつてワラシナさんとも、またLibraさんとも多少、議論したことのあるテーマです。“尊卑”というのは、現在では差別に抵触する語彙であるのであまり使いたくないのですが、ここを言い換えていますと、煩雑になりますので、敢えて原文のままで記します。
かつて寛師が、この点について本尊抄文段で記している点を興味深く読んだものでした。
止観第五の文を挙ぐるなり。止五百十七に云く「如来行の時は帝釈右に在り、梵天左に在り。金剛前に導き、四部後に従う」等云云。
今謹んで案じて日く、この止観の文の梵帝の左右は恐らくはこれ反転せり。応に「帝釈左に在り、梵天右に在り」というべし。
以上、つまり、寛師は『摩訶止観』竪破見假の「如來行時。帝釋在右梵王在左」の文を間違いであるというわけです。そして、その前提として
凡そ月氏の風俗は右尊左卑なり。その故は君・父・師は皆東面なるが故なり。故に甫註四四十に云く「天竺国は君・父・師皆東面なり。則ち左は北、右は南。北は是れ陰方、南は是れ陽方」等云云。これ陰陽を以て尊卑を表するなり
宝塔既にこれ西向きなり。故に北はこれ右尊にして上座なり。南はこれ左卑にして下座なり。
これはつまり、東西南北の関係の陰陽で見ることに基づくもので、つまり、陽が尊となる前提に基づいています。(陽:陰=尊:卑)
北(陰)
│
西(陰)─┼─東(陽)
│
南(陽)
すると曼陀羅を宝塔と見做すと、西に向いている宝塔に、当面して座すと南が上座となることになるわけです。果たして、天台の止観の記述が間違えているのかどうかは、一考を要しますが、曼陀羅が西面であり、釈迦・多宝が顔を向けているとすれば南(右)が陽ですから、右尊左卑ということになります。
これに対して、日本の古来の風習は天子南面なのであって(石山の伽藍配置、また曼荼羅の安置も同様)、この場合、東(陽)は左ということになります。故に日本は古来では左尊右卑ということになります。
なお、仰る
> 一尊四士が大曼荼羅の妙略であるなら、四菩薩は礼拝者に背を向けて、釈尊と対面していることになります。ここから考えれば、一塔両尊は妙略だと思いますが、一尊四士はどうかと…
というのは、上述の問題とは別に曼荼羅を宝塔品虚空会に凝らしたものであれとすれば、一塔(涌出宝塔)二尊(二仏並座)四士(四菩薩)であれば妙略になるけれど、一尊四士ではその義を成じない旨を指摘されてのことであろうと拝察します。
私は個人的に曼荼羅を仏本尊の妙略であるとい考えには消極的で、それぞれ別意の意義を存すると拝しています。
そこから一尊四士について申し上げれば、曼荼羅図示の座配は、たしかに宝塔品虚空会を様子を本尊“為体”と顕わすわけでしょうが、しかし、これは結要付属に至る儀式の表現なのであって、滅後末法弘通の相を必ずしも表現しいません。
つまり、末法の弘通は教主釈尊を本尊として、四菩薩がその弘通の任に当たるものです。すなわち、補処の脇士は四菩薩です。この様を表現しようとすれば、つまり、一尊四士という仏像本尊でなければならないはずです。
私が曼荼羅と一尊四士の並立を言うのが聖人の本尊抄一巻の意味であると言うのは、このことです。
以上、ご賢察いただければ幸甚です。
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