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(続) 大石寺の歴史
3
:
いちりん
:2002/03/15(金) 11:20
ちと関連文献を調べてみました。
「有師談諸聞書」富要集2巻 139 頁あたり。
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一、日蓮聖人も武家に奏したまふ日興も只武家に訟へたまふ、爰に日目上人元めて国王に奏したまふ、
去る間だ日興上人大石寺の御置文に云く天下崇敬の時は日目を座主として日本乃至一閻浮提の山寺半分は日目之を配領すべし、其の余分自余の大衆是れを配領すべしと云へり、
日興の遺跡は新田の宮内卿阿闍梨日目最前上奏の人たれば大石寺の別当と定む、
異本に云く寺と云ひ御本尊と云ひ墓所と云ひと遊ばし置きたまひ畢りぬ、末法万年未来永々まで大石寺の別当日目で御座す事を人知らずして、上代に流布あらばこそ左様にも有らめ末代に天下御信用あらば座主誰にてか有らんずらんと、
此の自讃により洛陽辺土の弘通者達日々夜々に弘通責伏有り、但し智慧の弘通なれば迹門なり迹門の時は高租日蓮聖人の御本懐に非らず必ず元三より歎已上、
日目独り出世の本意にまかせて愚者の責伏・患者の上の弘通なり、当時教義時国相応の本門なり、只偏に兵者のみ乱を待つて運を開く道理に任せて爾なりと已上。
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「天下崇敬の時は日目を座主として」
「末法万年未来永々まで大石寺の別当日目で御座す」
などという表現は、日目さんは、広宣流布のときに出現するという考えがあるんでしょうかね。
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