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(続) 大石寺の歴史
107
:
問答迷人
:2002/07/30(火) 19:32
犀角独歩さん
>上述の文を挙げる教師とその周辺でこそ、戒壇之曼荼羅が造立された可能性
教師は、後に、大石寺を去っていますね。そして、最終的に北山本門寺の僧となったのではなかったでしょうか。もし、教師が造立したのなら、大石寺に戒壇板本尊が現存する説明が難しいし、日浄師は、教師から、戒壇板本尊造立の顛末を聞いていたと思うのです。そうすると、日浄記の日有造立説は出て来ないのではないでしょうか。
ちなみに、日浄師の没年は1493年、日教師の没年は1489年以降。僕は、逆に、この二人の間で、大石寺戒壇板本尊が議論され、日浄記が書かれたのではないかと推理しています。年代的、内容的に、可能性が高いと思っています。もし、そうであれば、日浄記の信憑性はさらに増すと思います。
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