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素朴な疑問
984
:
愚鈍凡夫
:2003/11/24(月) 19:37
うわっ!!また置いて行かれてる・・・・・。ヾ(;´▽`A``アセアセ
>>974
:ガンコさんへ。
「問うて云く如来滅後二千余年竜樹天親天台伝教の残したまえる所の秘法は何物ぞや、答えて云く本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」(「法華取要抄」 学会版P336)
の一節について、何故「題目の五字」に集約されるとの結論に達したかといえば、
「在世の本門と末法之初めは一同に純円なり。但し彼は脱、此れは種也。彼は一品二半、此れは但題目の五字也」(「観心本尊抄」 昭定P715)
「日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり」(「法華取要抄」 学会版P336)
「権経流布せば実経流布すべし権経の題目流布せば実経の題目も又流布すべし」(「撰時抄」 学会版P284)
「日蓮が法華経の肝心たる題目を日本国に弘通し候は諸天世間の眼にあらずや」(「諫暁八幡抄」 学会版P582)
「一部八巻二十八品を受持読誦し随喜護持等するは広なり、方便品寿量品等を受持し乃至護持するは略なり、担一四句偈乃至題目計りを唱えとなうる者を護持するは要なり、広略要の中には題目は要の内なり」(「法華経題目抄」 学会版P942)
「今は既に末法に入つて在世の結縁の者は漸漸に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時なり、而るに今時の学者時機に迷惑して或は小乗を弘通し或は権大乗を授与し或は一乗を演説すれども題目の五字を以て下種と為す可きの由来を知らざるか」(「曾谷入道殿許御書」 学会版P1027)
これらの文証に題目の重要性が説かれているからです。
これらの文証から推察すると、蓮祖は題目の流布を主眼に置いていたのではないでしょうか。現在では、創価学会の戸田さんの影響か、「一家に一台。幸福製造機」といった感じで、漫荼羅流布が主眼のようにされていますが、これは、蓮祖の考えではないと思います。
勿論、紙を入手しにくい時代であったから、信者全員に漫荼羅授与できなかったという事情もあるでしょうが、やはり先の文証を読み返すと、主眼は漫荼羅授与ではなく、唱題行の流布であったと思えるからです。
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