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素朴な疑問

976犀角独歩:2003/11/24(月) 13:21

本来であれば「つぶやき」に書くべき内容ですが、資糧手放しで少しだけ。

○題目本尊は真跡か?
 法勝人劣ではない経勝劣仏は蓮師説か?

『本尊問答鈔』に「本尊とは勝れたるを用ゆべし」といい、ここに“法華経勝釈迦劣”を明記されています。これは法華経は“父母/釈迦は子”という対比でもあります。(法勝人劣ではなく、あくまで法華“経”勝釈迦劣)
同鈔は本当に蓮師の真筆なのか、わたしはいまだに決し難いところはあります。

その直後、禄内『千日尼御前御返事』(第四書)(青鳧書)にも「仏は子也、法華経は父母也」という一節が見られ、ここでも法華は父母/仏は子という考えが記されています。

両書ともたしかに禄内であって、その信憑性は真跡存に匹敵すると考えられるところですが、『本尊問答鈔』が記されたとされる弘安元年以降の、蓮師の本尊に関する記述を追うと、しかし、法華経勝釈迦劣を殊更論う記述に当たることができない不釣り合いを感じるのは事実です。

ただ例外的に真跡『上野殿母尼御前御返事』弘安3年(1280.10・24)「諸仏の御本尊とし給ふ法華経」という記述は一カ所見られます。けれどここでは馬鳴の故事を挙げるこの記述は 法華経は父母/諸仏は子 というに留まります。真跡で見る限り、題目本尊という線はまるで浮かんできません。

なお、『本尊問答鈔』で記される法華経題目本尊とは“蓮師の本尊観ではなく、あくまで天台宗の本尊観”として記されている点に、殊更わたしは着眼しています。

なぜ、着眼するかと言えば、智邈/灌頂/湛然など中国天台宗の文献には、そもそも「本尊」語の使用がまったく見られないからです。それにもかかわらず、その台家道場に置く法華経を「本尊」という記述は史実に違反すると見えるからです。

わたしが何より題目本尊に疑問を懐くのは、三つの法門(本門本尊/本門題目/本門戒壇)において、本尊と題目を分け立てているのに、なぜ題目を本尊というのか、という疑問でもあります。題目が本尊であれば、この三つは分けて論じる必要はないことになるからです。

また写本遺文で見ると実に早い時期から題目本尊が記されている“ことになっています”。例えば、『唱法華題目鈔』では文応元(1260.05・28)の時点で「本尊は法華経八巻、一巻、一品、或は題目をかきて本尊と定むべし」また、『妙法曼荼羅供養事』文永10(1273)「妙法蓮華経の御本尊供養」、『本尊供養御書(報南条平七郎書)』建治2(1276.12)「法華経御本尊供養」、『法華初心成仏鈔』建治3(1277)「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ」などと『観心本尊鈔』の寿量仏・久遠釈尊本尊観を跨ぎながら、題目本尊観が散りばめられていきます。

いわば、題目本尊観は、むしろ写本遺文、殊に真偽未決書に見られる特徴のように思えます。

しかし、以上のように記せば、ガンコさんが挙げた疑問の如く、ではなぜ漫荼羅は題目を中心に図示されているのか、中心が題目であれば題目本尊ではないのかという反論は当然、起こることになるでしょう。

この時点で、わたしは像非家が常に見ないようにする点、すなわち蓮師の一体仏随身の事実を挙げることになります。

『清澄寺大衆中』に「日蓮が御本尊の手にゆい(結)つけていのり」という場合の本尊は間違いなく釈迦仏像を言うものでしょう。


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