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素朴な疑問
940
:
ガンコ
:2003/11/21(金) 19:20
素朴な雑感
空き缶さんのおっしゃる
>法然上人は何故称名念仏を提唱したのか、それは「末法とは無佛の時代」だからだと思います。
あれれ? 称名念仏って、阿弥陀仏に南無することではないかと思うのですが、そうすると有仏では? あるいは、阿弥陀は西方十万億土の教主であって、此の娑婆世界には居らないってこと?
しかし、阿弥陀はともかく、すでに独歩さんが指摘されているように、常住此説法・・・あるいは、「本地久成の円仏は此の世界に在せり」ですから、このあたりの整合性をもう少しつけていただきたいと思います。
まあ、おそらく、無仏というのは仏滅後を言うのでしょう。あるいは仏の出現以前を。雪山童子の時代は無仏だったようですし・・・
独歩さんは、
>尊敬していたのではなく「南無」していたのです。
>尊敬というレベルではありません。
とおっしゃいますが、
「夫一切衆生の尊敬すべき者三つあり。所謂、主・師・親これなり。」
大聖人が開目抄にて御使用になっていらっしゃることからして、尊敬もあながち捨てたものじゃないのでは?
もっとも、尊敬が(そんけい)なのか、(そんぎょう・そんきょう)なのかでぜんぜんちがうのでしょうけど・・・
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