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素朴な疑問

938アネモネ:2003/11/21(金) 04:43
>937愚鈍凡夫さん

私、法住山要伝寺のことはほとんど知らないのですが、しかしここに転載された謎とするいずれの項目も、大変興味深いですね。
(1)〜(7)と、さらに、とりわけ(8)の千葉氏との関係と、そして(13)の大学三郎・安達泰盛に関わるところなど、個人的にとても関心を持つところです。

確か、安達泰盛は北条得宗化家の縁戚の家柄で、またさらに北条時宗の正室は泰盛の妹ですね。
竜ノ口の法難のとき、時宗の正妻(安達泰盛の妹)の懐妊という理由によって斬首から流罪に赦免されたという、>856で独歩さんが紹介してくださっていた内容に深く関連しているかと思われます。
その部分を抜粋させて頂きますと、

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このように、斬首に処そうとする意図があったにもかかわらず、結局は死刑は免ぜられ、流罪に処せられたのは、北条時宗の妻の懐妊によると考えられる。事実、この歳、貞時が誕生している(辻善之助『日本仏教史』中世篇之一)。これに関連して、日蓮が「大がく(学)と申す人は普通の人ににず、日蓮が御かんきの時身を捨てゝかたうど(方人)して候(そうらい)人」(『大学三郎御書』平遺784頁)と、大学三郎の行為について述べていることに注目したい。大学三郎については、伝承を除けば、ほとんど未詳だが、ただわずかに、大学充(だいがくのじょう)という日蓮の檀越の子息であったろうこと、書に秀で、書を好んだ安達泰盛(あだちやすもり)と書を通じての交りをもっていたことがわかる程度である。ところで、大学三郎と親交があった泰盛はほかならぬ時宗の舅(しゅうと)、つまり、時宗の妻の父であり、懐妊した子(のちの貞時)の祖父に当たる人である。この関係と日蓮の大学三郎についての叙述を重ね合わせれば、大学三郎が泰盛に働きかけ、泰盛は婿(むこ)時宗に孫の懐妊中における日蓮の刎頸注視を進言したのではなかろうか。「身を捨ててかたうど」した意味を、右の関係のなかに置いてみることは十分に可能である(増補改訂『日蓮』高木豊著 株式会社太田出版 P90)
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余談ではありますが、この『日蓮』(高木豊著 株式会社太田出版)は私も読みました。日蓮の実像に迫る、大変参考になる一冊だったかと思います。

平頼綱の正妻は北条時宗の嫡男・貞時の乳母であり、北条時宗の死後、「乳母夫」と「内管領」という権力を手にした頼綱は、得宗家の「外戚」として力を持つ安達泰盛と衝突し、遂に、貞時に讒言して安達一族を葬り去ります。(『霜月騒動』)。
ところが、その平頼綱一族も、後に北条貞時によって滅ぼされるわけです。(『平禅門の乱』)

私は、大雑把な歴史しかわかりませんが。千葉氏、安達氏、そして大学三郎のラインは、日蓮研究の上でも、特に外せない重要なところではないかと、私としても最も知りたい大変興味深いところであります。


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