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素朴な疑問

824アネモネ:2003/09/25(木) 02:06
ガンコさん

ご丁寧なレスをありがとうございます。
ガンコさんの忌憚のないご意見、私は嬉しく思います。

>しかし、よく読んでみると、じつは日蓮信仰全般にわたって激辛である、という気がしてきたんです。

それはそうなんです。全般というところが、厳密には少し違うかもしれませんが…。日蓮さんから学ぶところはたくさんあります。第一、私は日蓮宗の檀家に育ったこともあって、個人的に日蓮さんというお坊さんに親しみを持ち、また日蓮さんが好きで入信したわけです。最近でこそ欠点も見るようになり、限界も認めるようになりましたが、やっぱり基本的には敬慕してます。他のお坊さんを通して仏教を学ぼうとなると、どうも腰が重いんです。
依法不依人とはよく戒められたものだと思いますね。人間の心は、人によって感応し動かされてしまうのもまたひとつの真理なのでしょう。お釈迦さまご自身が、魅力的な人であったとしたならば、尚のこと、依法不依人という教えの意図するところにも納得させられる気がします。
つまり人の魅力に惑われるのが人間の弱さでもあるわけです。

もともと、私は教義そのものよりも、日蓮というお坊さんに対する興味のほうが強かったわけで、大石寺から出されている本だけでは物足りず、一般書店で手に入る日蓮本をけっこう読み、。また立正佼成会が製作したという日蓮の映画も観たりもしましたしね。
私なりの思い入れもあって、それこそ私の中で、理想化した日蓮像というものがあったわけです。本仏論とは少し違った意味での日蓮像だったといえるでしょう。
真理への探求、そして民衆救済と釈尊への思い…またその信念、度重なる迫害を乗り越えながらも魂に訴えかける血の通った書を残した筆力と強靭な精神力にも、強く惹かれたものです。
しかし、そのような私の中で築かれた日蓮像と照らして、その後の日蓮系の宗派の中から、日蓮を彷彿させるような人が見受けられないのではないかという思いが強くあるわけですね。仏法を求める志が全然違っていると感じてしまうのです。これは、まさに私の拙い感性で感じるところのことですから、言ってしまえば、私の思い込みかもしれません。しかしそういう大きな失望感はずっとありますね。もっといえば、特に石山系は日蓮の長所よりもむしろ欠点のほうが今日に色濃く受け継がれてしまってきているのではないかとさえ思うくらいなのです。


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