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素朴な疑問

807犀角独歩:2003/09/23(火) 17:43

802 愚鈍凡夫さん:

この対比、なるほどと思いました。

日順雑集では

虚空不動戒−戒壇┐
虚空不動定−本尊┼妙法蓮華経
虚空不動慧−五字┘

なっていて、これはたしかに理壇論。
ところが本門心底抄では

「行者既に出現し久成の定慧・広宣流布せば本門の戒壇其れ豈に立たざらんや、仏像を安置することは本尊の図の如し・戒壇の方面は地形に随ふべし、国主信伏し造立の時に至らば智臣大徳宜しく群議を成すべし、兼日の治定後難を招くあり寸尺高下注記するに能へず」

で事壇論。ここに整合性はないと見るほうが至当と思えます。

雑集には「戒壇・本尊・妙法の五字は面は三にして其の躰一」とあり、のちに寛師が一大秘法という雛形が既にあったことを再確認しました。ちょっと驚きです。しかし、ここで「山家大師云く虚空不動戒・虚空不動定・虚空不動慧・三学倶伝名て妙法と曰う」を引証するわけですが、蓮師はこの考えに基づいて「三つの法門」を立てたかどうか、わたしは疑っています。御本尊七箇相承、本尊三度相伝でもこの点は現れていません。伝興師・上行所伝三大秘法口訣では現れます。これはいつ頃の成立なんでしょうか。

余談ですが、国主帰依が戒壇堂というのは後天的な考えで、実際は本門寺建立の意味が先行していたのだと思うのです。それが、やがて、迹門戒壇(比叡山)を簡ぶ本門戒壇思想が生じて換言されていった歴史があるように思えます。興師の「本門寺」とは直接的に戒堂を指す表現ではないですよね。

なお、心底抄に「戒壇の方面は地形に随ふべし」とありますが、本尊三度相伝では「本門寺の戒壇は西面に立つ可き」となっています。

関係ありませんが、正本堂は南面ですから、この相伝に外れていました(笑)
こんな指摘はどこもしないわけで、なんだか、そもそもそれぞれがいい加減だと思うわけです。話がずれていますが。


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