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素朴な疑問

762愚鈍凡夫:2003/09/21(日) 20:32

確か、南条五郎左衛門時綱(時光の五男)から東坊地一帯の寄進を受け、その後、日郷一門が蓮蔵坊を統括していたと思うのですが(最終的には大石寺の所領となります)、その発端が、日道師と日郷師の、所謂、堀日亨師が「宗義の諍」とだけ記した宗義論争にあるのではないかと思うのです(勿論、裏付ける証拠はないです)。
小生がこの問題に関心を持っているのは、生御影のことが気になっているからです。
日郷師が持ち去ったのか、日伝師が持ち去ったのか分かりませんが、重須の生御影が日法師作なのか、この持ち去られた生御影が日法師作なのか、この辺が気になるのです。
勿論、重須から盗まれものが石山に伝わったのかも知れませんが。


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