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素朴な疑問
739
:
ガンコ
:2003/09/19(金) 14:56
アネモネさん、どうもです。
>日目上人さまがそのような直接の命を下さなくとも、門弟の人などがその信念の為、日目上人さまの為、大石寺の為と、独断で実行する場合もありますしね。
>そういうことは、現代の石山系にも見受けられることではないでしょうか。
>また先日、独歩さんが紹介された顕正会の暴行事件にしてもそういう範疇のことといえるでしょう。恫喝し暴行してでも折伏をすることが正しいと信じているわけですね。>ほんの一例ながら、潜在的にそのような行為は多いのかもしれません。
顕正会の問題は頭が痛いのですが、まあ、あまり言い訳がましいことは言えませんし・・・
おそらく顕正新聞を詳細に検討していけば、さまざまの問題を惹起せざるを得ない要素がふんだんに読み取れるのだろうと、考えています。学会に対して、あるいは御宗門に対して、過剰ともいえる攻撃的言動は否定できません。
そこから逆に考えて、はたして日目上人には、日興上人に対して斯様な言動があったのか? もちろん記録にあらわれていれば話は早いのでしょうが、こうしたある種の裏面史のようなものはなかなか表にあらわれては来ませんから、みなさん、いろいろと推論をお述べになっていらっしゃるわけでしょうけど・・・
わたくしの勝手な印象で申しますと、日興上人は御隠尊猊下の御立場でいらしたのだろうと思います。
幕末から明治には日霑上人が長くいらして磐石の観がありましたし、昭和のはじめは堀上人その他、いく人もの御隠尊猊下がいらしました。ここ四半世紀の大石寺には御隠尊がいらっしゃらない。これがある意味で問題を生み出しているのだろうと思えます。じつに今の御宗門は危うく見えます。余計なお世話かも知れませんが・・・
ようするに、日目上人にとっては、日興上人が控えていて下さることがどれほど心強いことであったか、計り知れないものがあります。けっして、日興上人に対して、穏やかならざる気持ちを懐かれるとは思えません。また、御二人が同じ年に御遷化あそばしていることからも、わたくしはその思いを強くするところです。
もちろん、単なる印象を述べているに過ぎませんが・・・
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