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素朴な疑問

73いちりん:2002/07/19(金) 10:24
で、やっかいなのは、宗教は「正しさ」に依存することがあることだと思います。
「わたしたちは正しい」「わたしの信仰するものは正しい」「わたしの行は正しい」と、とにかく「正しい」というエネルギーがすごく出ます。

これが、信仰の力でありますが、じつのところ、これがいちばんなやっかいなものだと思います。
なにしろ「わたしは正しいことをしている」というのですから。

正しいと思いこんで、信じ込んで、まあお布施とか供養とかに、すごく頑張ってしまう。
頑張れば頑張るほど、わたしは正しいという思いが強くなる。そして、ますます頑張る。

でも、それって、もしかして、
仏教の正しい道を歩んでいる、正しい修行をしていると思いこみながら、じつは執着を強めて、怒りの心を増幅させているってことも、あるんじゃないかと思うわけです。

お釈迦さまのいいたかつたことは、「いいことをしなさい。悪いことはやめなさい」ということもできますが、それが本質じゃないと思いますね。
「いいことをして、悪いことはやめることによって、心を清らかにすること。清らかになること」だと思います。

心が清らかになるということは、たぶん、
これは自分のものだ、自分の成果だ、わたしの力だ、どうだすごいだろう、どうだみたか……という、そんな執着とかとらわれから自由になっていることなんじゃないかと思います。

で、そのとらわれの、執着の心が、よおく観察できるのは、お布施をするときですよね。
やっぱり、お布施をすると、感謝されたいという心があるから、それがないと心が穏やかでないから。

ああ、だから、カッコいいことをいっても、わたしはまだまだだなあ、などと自分の心を観察するいい機会になりますね。

自分のみっともなさ、醜さ、駄目なところを、よおくよおく観察して、気づいていく道。それが、心を浄めていく道。それが、お釈迦さまの説いた道と思うわけです。


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