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素朴な疑問
667
:
空き缶
:2003/09/14(日) 20:21
愚鈍凡夫 様
日昭師・日朗師は確かに天台沙門と名乗りました。日頂上人は天台法華宗の沙門と名乗りました。
しかし日向上人は先にあげた通り、「日蓮聖人遺弟」としています。日持上人については幕府への書状は真筆・写本ともに残っていません。
この辺がいまいちピントきません。「門徒存知事」はいまいち信頼を置きかねているんですが・・・
昭・郎二師は立正安国論に習ったことは間違いないと私も思います。この二師の御本尊を見ても書写の形式を取っておらず、まるで日蓮聖人の代わりを勤めているかのようです。
その点、日興上人と日向上人は本尊は書写形式をとられ、幕府への申状も弟子の立場で書かれていると思います。
そこで、何をもって「天台沙門」と名乗ったといわれたのかが知りたいと思いまして。
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