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素朴な疑問
65
:
いちりん
:2002/05/26(日) 14:45
ナムって、深く帰依するとか、信じたてまつるとか、心から尊敬するということでしょうが。
わたしなどは、まあ「おまかせ」という感じでとらえています。ちと真宗っぽいかなぁ。
で、南無の発音のことです。
インドあたりでは、「ナマステー」と挨拶しますが、ナマス(尊敬します)テー(あなた)ということですね。
「オーム・ナマ・シヴァーヤ」というマントラは、もっとも親しまれていますが、これはシヴァ神に帰依しますということになりますね。
神さまに捧げる儀式では、「オーム・サッチダーナンダ・ナマハー」という唱え方があります。
サッチダーナンダ(サット・チット・アーナンダ 至福につつまれている究極的な意識=自受法楽である神)に帰依します、というような意味でしょうか。
スリランカやタイあたりの坊さんは、「ナモー・タッサ・バガヴァト・アラハト・サンマー・サンブッダ・サー」と唱えますね。
阿羅漢である聖なるブッダに帰依しますということになります。
南無の原音は、ナマー、ナマハ、ナモー、ナームという感じがします。
これは、学術的な話じゃなくて、わたしのインドあたりのフィールドワークで感じたことですが。
まあ、「ナム」でも「ナン」でも、なんでもいいとは思いますが、心ゆくまで唱える、喜びで唱える、深い祈りで唱える、ありがたいと思って唱えるのがいいんでしょうね。
というか、唱えていると、心ゆくまで唱えられてくる。唱えていると、喜びに包まれる。唱えていると、深い祈りになる。唱えていると、ありがたいと感じる。ということになりましょうか。
唱えたから、祈ったからそれで、願いが叶うかどうかということもありましょうが、それよりもなによりも、しんどいてきでも、つらいときでも、よろこびのときでも、そのときのありのままに、唱えられる。それが、すばらしいことだと思います。
もっともシンプルで、難しいことではありますよね。
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