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素朴な疑問
608
:
いちりん
:2003/06/14(土) 19:53
久遠実成の釈迦というのは、歴史的に実在していた人格ではありませんよね。
いわば「抽象概念」です。まあ、観念の産物。
ということになると、どうもリアリティ、親近感がなくて、拝むというのは難しいんでしょうね。
まあ、真言宗でも、仏は「大日如来」ですが、この久遠実成の釈迦あるいは、さらに抽象概念です。
浄土系の阿弥陀さんにしても、かなりの抽象概念ですね。
で、なかなかそういうものは、拝みにくいというか、実感とした伝わらないので、とくに日本では祖師信仰になっていくんでしょう。
大日如来よりは、弘法大師。阿弥陀さんよりは、親鸞、法然と。久遠実成の釈迦よりは、日蓮さんと。
まあ、わけても、祖師信仰がもっとも強いのは、日蓮系の宗教でしょうね。そして、日蓮本仏論にまでなってしまう。
そして、こんどは、日蓮さんは歴史的な実在だしお手紙なども残っていて、とても親近感がありますですが、やはり死んでしまった人だから、なかなか強烈な出会い的な共振が難しい。
ということで、生きている教祖、リーダーに対する崇拝がいちばんハマりやすいのかなあと思います。
まあ、生きている人間は、生きている人間に感化されやすいし、それが学びの近道ということかもしれません。けど、その人格に対する依存もまた強烈だから、そこは大きな落とし穴があったりするわけですよね。まあ、落とし穴に落ちることも、大切な学びであったなあと、わたし自身は思っていますけど。
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