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素朴な疑問
417
:
いちりん
:2002/08/29(木) 12:14
五月雨さん
>過去の学会の役職がおエライ方ほど「学会憎し」の姿が見えるのは何故なんでしょうね。
そうですか。法華講に移った方で、もと学会員の役職がエラかった人ほど、「学会憎し」という感じになっているのですか。
思い入れが強ければ強いほど、それに対して、思い通りにいかないと、怨みが募るということでしょうかね。
執着が強ければ強いほど、裏切られた、間違っていた、こんなハズではないという、失望になって、それが恨みつらみになるのかもしれまませんね。
しかしまあ、そういう思い入れが強い人は、おなじことを繰り返したりしますね。
つまり、いつの日か、法華講は間違っていた、法華講憎しということになもなりやすいですね。
そしてまた、こんどは「魅力的で正しくてよく見える組織」などに出会うと、そちらに移って、しかしまた、失望して憎しとなったりする。
結局のところ、「他に依存する人生」なんでしょうね。
それは、組織であれ、教えであれ、(仏法の教えもですね。日蓮さんの教えでも)、それが正しいとか、すばらしいとか、真実だとかいう思い入れが強ければ強いほど、まあ確実に、思い通りになりませんですね。
ブッダの道というのは、やはり「自灯明」だと、わたしは思います。
自らをよりどころとして、他をよりどころとするな、と。
他に避難所を求めるな、自らこそが避難所であれ、と。
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