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素朴な疑問

397孤独な迷子:2002/08/27(火) 00:05

五月雨さん
独歩さん
アネモネさん

 早々にレスを頂きながら、返事が大変遅くなって申し訳ありません。新参者の私が皆さんを
「さん」付けで呼ばせて頂くのは多少憚れますが、独歩さんからの提案に甘んじてそのように
させて頂きます。

 五月雨さんのショック、私にも分かります。今まで真実だと信じていた(思い込まされてい
た?)ことが間違っていたら、心の拠り所を失ってしまいそうで・・・。

 独歩さん、貴重な体験を読ませて頂き、有り難うございました。
 森田療法の本は私も読んだことがあります。基本的には、感情に囚われずに、行うべきこと
を行えという理屈だったと思います。しかし、感情の問題というのはなかなか難しく、それか
ら人間の心に関心が向くようになり、そんな時期に知人から折伏されました。
 最初は入信することに抵抗がありましたが・・・。その頃友人とスキーに行こうということ
になっていたのですが、その前日に私が交通事故に遭い、その友人もまた事故に遭い、結局ス
キーは中止、「私と友人が同じ日に事故に遭うなんて偶然じゃないな。これが現証か!」と思
い、こちらからお願いして入信させて頂きました。

 今思えば、「信心に反対すれば、罰が当たる。」とか「現証が出る。」など、散々言われま
したから、その影響を受けていたのは確かでしょう。また、このような言われ方もしました、
「仏法は因果の理法を説いているから科学的なんだ。」と。

 「科学的」という言葉から、仏法は人間に関する諸問題を含め、世の中のことを合理的に説
いているものと勝手に思い込んでしまったのですね。
 「因果の理法」とか「十界互具」、「生命論」などと言う言葉は、当時はとても魅惑的なも
のでした。自分の心の状態を、仏界は難しいにしろ、せめて人間界ぐらいの平穏な状態にでき
ればなどと思ったものです。

 その頃の私は宗教に対して、「とても崇高なもの」というイメージを持っていたのも事実で、
そのことも入信に繋がった一因になっていたと思います。

 > このような1日の時間帯の狂いを直すのに、毎日の寺院参詣はよく働いたと思います。

 これは、信心を基本に据えて寺院参詣をしたのでしょうか、それとも、森田療法に則って、
行動療法的に参詣していたのでしょうか。或いは、その両方の意義が在ったのでしょうか。


 独歩さんの信心への取り組みは並大抵なものではなかったのですね。一つの講中の構築など
余程の熱意と実力がなければ出来得なかったのではないかと思います。そのような方を失うこ
とになった御住職の見識を疑わざるを得ません。
 以前、似たような話を元学会の人に聞いたことがありました。その人は一度ある寺院に所属
したのですが、その組織には派閥のようなものがあり、一方のグループはそこの御住職とかな
り接近した関係にあったそうで、その元学会の人はもう一方のグループにいたそうです。
 塔婆供養を申し込んだにも拘わらず塔婆を上げて貰えなかったり、寺報に悪口雑言を載せら
れたりと、結局、そのグループの人たちの多くは、他のいくつかの寺院に移ったそうです。

 初めて聞いたときには、指導教師たる「御住職」が信者に対して依怙贔屓などしないだろうと
信じられませんでしたが、やはり事実だったようですね。


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