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素朴な疑問

391五月雨:2002/08/26(月) 11:11
独歩さん

>燃えるに任せるしかないのではないでしょう。無常を説くのが仏教でしょう。形あるものは必ず崩れていく。だから、聖人がご自身が書かれた漫荼羅が永遠に残るはずはないと思ったから書き方を弟子に伝えたのでしょう。

「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり・・」平家物語のこの有名な文章に「諸行無常なんだ」と胸が痛んだものです。
生老病死に愛別離苦、人生に付きもののこの苦しみも楽しみも諸行無常の中に消えていくのでしょうか。

戒壇本尊も紙幅の曼荼羅本尊も、形あるものです。いつかは朽ちていきますね。戒壇本尊は750年前の物と石山は言っていますが、大丈夫かいなと心配になってきました。
大聖人様は書き方を「御本尊書写の心得」みたいに遺されたのですか。そこに仏滅年数は「二千三百余年」と定められたのでしょうか。

>どうして、いま創価学会が印刷漫荼羅を頒布したからといって批判できるのでしょうか。もっとも学会は石山とは縁を切った団体、なんで寛師漫荼羅を印刷するのでしょうか。池田さんが自分で書き、それを印刷して配ればよいのです。

石山の言い分はちょっと検証してみれば、どれほど身勝手を言っているのかよく分かります。ウチの住職も「学会ほど退転者を出し、御本尊をご不敬した者はいません」などと被害者ヅラしながら言ってましたが、「監督責任はどこにあったんですか」と言ってやれば良かったと思います。
寛師漫荼羅をどうして配布するのかと、何度も学会員に聞いたけれど納得のいく説明をする人はいません。謗法の日蓮正宗となじってるのにその出先の曼荼羅本尊を拝めるへ理屈を考えついた学会はエライです。まだそのへ理屈は知りません。宮本さんでもご説明してくだされば、有り難いですね。

>印刷漫荼羅=仮のものであると知っているからです。

学会時代は、御本尊様は自分の命に替えてもお守りするものと、マジで思っていたのに「仮りのもの」というのはどんな意味なのでしょう。では本物は何なんでしょう。


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