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素朴な疑問

3767顕正居士:2009/06/10(水) 18:16:34
教学の近代化とは形式的には正典の編纂、客観的な宗学の研究を行なう機関の設立、
内外の研究者の論文を掲載する学報の発行でしょう。それぞれ昭和定本、宗学全書、立正大学、
大崎学報として実現しています。
これらの形式の実現には前提として科学的思考が必要です。16世紀には西洋の天文と地理の
知識が伝来しましたが、江戸時代の仏僧は須弥山説を墨守し続けました。知識を求める人達は
儒学、洋学、国学を学び仏学は顧みないようになりました。
しかし儒洋国三学の科学的思考の影響下についに富永仲基と服部天遊が現れて科学的仏教学
の端緒が開かれました。富永の『出定後語』に依って迷信的仏教を批判した著に平田篤胤の
『出定笑語』があります。優陀那日輝は仏書を読む前に平田氏のこの書を読めと奨めています。
日輝は仏縛、祖縛、自縛の三縛を離れよと説きました。正しい知識に至るためには釈尊や日蓮の
説、また自己の信念にも捉われない必要があります。彼の宗学上の大功績は立正安国論を
全面的に否定したことです。徳川泰平の世に安国論は無用であるが、鎌倉時代にも無用だったと。
安国論は関西の宗教戦争の論理を関東に輸入しようとした書です。北条氏の信仰自由の政策に
よって関東は比較的に平和であったが、関西は信長と秀吉の比叡山、本願寺、雑賀寺等の討伐
まで宗教勢力が戦国大名並の武力を備えていました。
日輝は19世紀前半の鎖国下の仏僧として実に科学的思考ができていたと思います。(続きます)。


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