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素朴な疑問

3666犀角独歩:2008/04/08(火) 23:08:50

はなざわさん、既に遣り取りは終わりということでしょうが、御尊父が引用した御書の意に、あなたのような考えで至れるとは、わたしは到底思えません。あなたより、むしろ、わたしのほうが、あなたの御尊父の精神の正統な後継者かも知れませんね。

「いまだ日蓮が本意の法門を習はせ給はざるにこそ。以の外の僻見也。私ならざる法門を僻案せん人は、偏に天魔波旬の其身に入替て、人をして自身ともに無間大城に墜べきにて候つたなしつたなし。此法門は年来貴辺に申含たる様に人々にも披露あるべき者也。総じて日蓮が弟子と云て法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ。さだにも候はば、釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守候べし。其さへ尚人々の御心中は量りがたし」

もっとも、この文の真蹟は伝わりませんが。

わたしが、法華講時代に声聞幹部から聞いた迷言。

「私は何もわかりませんが、この仏法が正しいことだけはわかる」

わたしは断じて言います。「わかるはずはない」

ただ、あなたは、宗教とか、真実とか、日蓮の素意とか、そんなことより、選び取ったものが一つあるのでしょう。それは「居場所」です。そのぬくぬくとして、少しは居づらかったり、違和感もありながら、自分が居続けられる「ゆりかご」の外に、あなたは出ることに臆病なのでしょう。

まあ、無理に、はい出すことは進めませんが、外には広漠たる光景があることだけは記しておくことにします。

わたしは、歯に衣を着せるのは嫌いですから、ストレートに記しますが、惰眠には、軈て目覚めがあるということです。

なお、石田さんは、実にささやかな、入口で考えることをやめてしまった。彼の思惟は実に狭隘なものでした。もっとも、こちらは、挙証をもって、語る、掲示板です。この一事は、つぶやきとして判読いただければと存じます。


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