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素朴な疑問

362五月雨:2002/08/23(金) 08:58
独歩さん

今日も私の目からはウロコが落ちました。一体何枚落ちるのでしょうか。
大聖人様が「盲信の強要」などされる筈が無いと思いながらも、学会で染み込んだ解釈から逃れられませんでした。「疑う心なくば・・」という御文を突きつけられて、組織から離れるという事は「御本尊を疑っているという事なのだ」と暗に言われたのです。組織から離れる事を、御本尊を疑っているという言葉と同義語と
学会員も法華講員も思い込んでいます。そう教育されているからそんな発想になるのでしょうが、その上に「退転者」呼ばわりまでするのは、何なんでしょう。「信心を辞めた人か゛退転者」という認識はあるみたいなのに、組織から離れたら退転と言うのです。「組織を信仰」しているとそうなるのでしょうか。今現実に法華講の組織について信心している方と話をする機会がありました。お寺の出来事その他の話を聞きながら、独歩さんが仰ったように、「組織から距離を置く」ことを勧めました。組織に付いて信心することが「正しい信心」と聞かされていると、中々この考えは理解出来ないかも知れません。離れないと「心の平安」を取り戻せない組織の実情は悲しいものもありますが、これも真実です。それに組織を離れたら「大罰もらうで」と言われた割には、罰にも当たらず平穏無事に暮らしています。
ところで、大聖人様は本当に「罰を当てる」のですか。当てるぞという御書が存在するのですか。


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