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素朴な疑問
3618
:
彰往考来
:2008/03/01(土) 10:17:39
明了曰解さん、亀レスにて失礼します。彰往考来といいます。
>3598 私の書込みの「漫荼羅」を「曼陀羅」に訂正いたします。お恥ずかしい限りです
これは変だと思います。なぜ「漫荼羅」ではいけないのですか?
また、貴殿のスレッド3596には、「日蓮大聖人が表わされたように書かれ、彫られ、写された曼荼羅には」
とあり、「曼荼羅」とあります。これはどうなのですか?
松本佐一郎氏は『富士門徒の沿革と教義』(昭和54年復刻第一刷(初版:昭和44年)、大成出版社、199頁)に、
「曼荼羅は曼陀羅とも書き、Man dala の訳語。壇、道場、又は輪円具足、功徳聚の意で、諸仏菩薩を安置し、その功徳を聚集して一大法門を成じ、仏世界を造るの謂である」とあります。
また、この個所の注(1)には、「外の書き方もあるが日蓮宗では用ひる人が無いから略す」(200頁)とあります。
要は、Man dala の音訳であり、「漫荼羅」と「曼陀羅」と「曼荼羅」は同義ではありませんか?
なお、松本佐一郎氏が「外の書き方もあるが日蓮宗では用ひる人が無いから略す」としているのは正しくありません。
『山中喜八選集Ⅰ 日蓮聖人真蹟の世界 上』(平成4年、雄山閣出版)の凡例には、
「聖祖は、大漫荼羅・大曼荼羅、あるいは大曼陀羅・大漫陀羅」など種々の表記を用いられているが、論文の表題及び本文については、御本尊の御讃文に最も多く用いられ、しかも晩年に至って定型化した「大漫荼羅」に統一した」
とあるように、日蓮聖人が「漫荼羅」を多用されているのです。そのため私も、史料・文献からの引用を除き、「マンダラ」と書く時は「漫荼羅」で用語統一しています。
よって、貴殿が「漫荼羅」と書くことをお恥ずかしい限りとされている理由が全くわかりません。そのような書き込みをされた以上、責任を持ってご説明ください。
彰往考来
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