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素朴な疑問
356
:
五月雨
:2002/08/22(木) 10:45
独歩さん
>我並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然に仏界にいたるべし。
彼女はこのご文を引用して聞いてきました。「疑ふ心なくば・・」というのはどういう事なのでしょう。盲信しろと仰っているのでしょうか。私の心に引っ掛かっている一点でもあります。
独歩さんが、いろいろな御書を引いて下さいまして、私にも大聖人様は「仏」とはこうなんだとは説いていないという事が良く判りました。
>要するに論の立てる時点で、聖人が基礎とされる天台釈から逸脱しているわけです。
大聖人様の法門を論じる時の「基礎とされる天台釈」とは簡単に言うとどのようになりますか。学会教学程度の知識しかありませんので、論じる時の注意点など教えていただければ有り難く存じます。
>禍福などで論じるような凡庸な思慮とは次元を異にしているように思えます。
牧口さんが創立した「創価教育学会」が出来た時点で、大聖人様の法門から逸脱したという事ですね。戦後の「創価学会」なんてとんでもない話だと思いますが、
石山は何故こんな逸脱を許したのか理解出来ません。石山はもうその頃からいえ、何百年も前からおかしかったからという事でしょう。頭痛のタネは尽きませんね。
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