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素朴な疑問

3542犀角独歩:2007/11/30(金) 21:22:06

ふうてんさん
偶ロム偶ログさん

わたしは法華講のころ、「旅先では、大石寺の方向に向かって勤行すればよいのでしょうか?」と指導教師に質問したことがあります。
すると「なんで、御本尊様のないところで勤行するんだ?」と、とても不思議そうに返答されました。

ついで、「歩いているときも、車を運転しているときも、を題目を挙げています」というと、「なんで、御本尊様のないところで題目を唱えるんだ?」と、とても、不思議そうに言われました。

まあ、いまとなっては、石山の常識など、まるで関係ありませんが、以上が、石山大本営の、法華講時代に見聞した常識でした。

「御守様」は文字通り、御守りですね。

それにしても、勤行というのは、本来、それぞれの尊体の前でするものですね。それがないところでなしていったいどうするのでしょうか?

目の前に人がいないのに、丁寧に頭を下げて、挨拶の言葉を出すようなものだというのが、石山の感覚ではないでしょうか。

石山には、「戒壇の大御本尊の方向に向かって?」といったイスラム教のメッカに向かうお祈りみたいなものはありません。これをはじめたのは、創価学会ではないでしょうか。


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