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素朴な疑問
3483
:
れん
:2007/07/21(土) 17:51:17
端くれさん
昨日の書き込みはやや雑に書きましたので、やや訂正の意を含めて書きます。
先ず、「若悩乱者頭破七分・有供養者福過十号」に関しては、パンナコッタさんが貼ってくださった弘安元年八月の御筆漫荼羅のように、蓮師自身が書き入れされている例があります。ただし、蓮師の場合はこの語句が記入される場所は後世の富士門の漫荼羅のように一定化しておらず、オーダーメイドですから場所はまちまちです。ですが、これに関しては蓮師から始まったのことと言えましょう。次に“授与之”に関しては、石山の形木の漫荼羅にありますが、それ以下に授与者の名がないのは石山において形木の漫荼羅は仮本尊の位置付けであり、法主直筆の常住本尊ではその下に授与者の氏名がはいるでしょう。仮信徒に授与の形木に氏名が無いのはまあ、正式に信徒と認められた者に授与される法主直筆の常住本尊との差別化の意図があるのでしょう。
蓮師の漫荼羅にも、たとえば蓮師御筆の石山日目授与の漫荼羅には「釈子日目授与之」また四条金吾授与の漫荼羅には「俗日頼授与之」とあるように個人授与の漫荼羅には授与書きがあり、「授与之」の語句については特に異とするところではないと存じます。
しかしながら“為現当二世”の語句については、蓮師の御筆にはその例はなく、石山に於いて最高の本尊と位置付けられている彫刻にのみ見られるもので、彫刻が作成されたと思われる室町末期から江戸初期以前の石山住職の漫荼羅にも「為現当二世」の語句は無く、私の管見では石山四十八世日量の漫荼羅が初見で、“現当二世”の句に限っては、彫刻に倣って江戸時代から石山法主が書写の漫荼羅に付け足したものと言えましょう。
以上のことから、「若悩乱者頭破七分・有供養者福過十号」「授与之」は蓮師まで遡れるが、「為現当二世」の語句に関しては、彫刻の腰書きに引きずられて、江戸時代以降の石山住職が付け足したものということです。
またまた凡長な文になってしまいましたが、ご参考になれば幸いです。
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