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素朴な疑問

3469マターリ:2007/07/19(木) 21:44:14

端くれさんの質問の直後で申し訳ありませんが、ご教授のほどお願い致し
ます。

このところずっと、安楽行品と勧持品の差について考えています。

安楽行品では、釈 尊 の 言 葉 として身安楽行、口安楽行、意安楽
行、請願安楽行が説かれています。釈尊自身の戒めですから、最重要視し
なくてはいけないと思います。

勧持品では、菩薩たちが誓言をしています。菩薩たち自身が、未来におい
て色々な 難 を 受 け る か も?知れないが、不自惜身命で布教
をします、と述べています。ですから、勧持品には、、菩薩の未来予測と
誓いが述べられていると思います。安楽行品のように、釈尊自身の戒めは
書いてありません。

安楽行品に書かれている戒めを守っていけば、勧持品に書かれているよう
な難を、ほとんど避けられる。しかし、戒律を守っていても難に遭った場
合は、・・・そのときは、不自惜身命で耐え忍ぶ、ということではないの
でしょうか?

法華経の作者たちは、自作の経典が永久に残ることを期待していたはずで
す。法華経を信奉する教団が、壊滅して、法華経が忘れ去られないよう、
戒めを書いたのだと思うのです。

権力者に近付いたり、他宗教を排撃したりしないように、つまり常識的な
行動をとり難を避けるよう、説得しているものと思います。

ですから、素直に両方の経典を見た場合、安楽行品の方を、より重要視し
なくてはいけないと思うのです。しかし、日蓮聖人は安楽行品を無視され
ました。

これには、何か深い理由があると思われるのですが、不勉強のため、よく
わかりません。その辺を教えていただければ、と思います。

通説によりますと、勧持品に書かれている、未来に起こると思われる数々
の難は、法華経の作者たちが、伝統的仏教者から迫害を受けた歴史的事実
の記録ではないか、ということでした。つまり、予言の名を借りてはいる
ものの、実際に起こった悲しい出来事の記録ということです。

釈尊の名のもとに、全く新しい経典を創作するのですから、伝統的仏教者
から、迫害を受けるのは、ある程度、想像できます。

これについても、まだ確信がもてませんので、ご教授のほどお願い致します。

安楽行品↓
http://comet.endless.ne.jp/users/fnwo/h-14-1.htm

勧持品↓
http://comet.endless.ne.jp/users/fnwo/h-13.htm


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